日語雜物函

「令和」という元号と『万葉集』

bsk5865 2019. 5. 5. 17:18

cultura animi】 「令和」という元号『万葉集』


佐々木 隆 (学習院大学 文学部日本語日本文学科 教授)

 「平成」わる新元号「令和」決定したとの発表、菅義偉(すがよしひで)官房長官4月1日記者会見ったそれをけて、『万葉集』出典とするという「令和」について、各メディアが国民のさまざまな意見感想紹介またその出典となった箇所についてやはりメディアが詳細解説えたそれらをるかぎり、国民くは「令和」素直れたようにわれる

西本願寺本(複製)より

 今から1300年ほど、天平(てんぴょう)2年1月13日(太陽暦2月12日)のことである。九州太宰府(だざいふ)長官だった大伴旅人(おおとものたびと)、公邸大勢官人いて(うたげ)催(もよお)したその官人たちが()みあい、披露しあった32首、「梅花歌三二首 序(あは)せたりというタイトルきで、『万葉集』編者巻第五載録したタイトルにある小字「序せたりという「序文でありこの「序」える2字って「令和」としたこうした「序」、歌んだ事情説明するためにすことが

 次にはその「序」冒頭部分一般的のかたちであげる(言うまでもなく『万葉集』散文はもともと漢文かれており、平仮名はまったくまれていない)。

 時、初春令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)(かぜ)(やはら)。梅鏡前(きやうぜん)(ふん)(ひら)、蘭(らん)珮後(ばいご)(かを)らす
(今まさに初春であり、気やかである。梅にある白粉(おしろい)のように、蘭のように(ただよ)わせている)。

 こののあとにも、目える季節のすばらしさや景色のみごとささらには当日しさなどを描写する表現そして、「宜しく園梅(えんばい)()して、聊(いささか)かに短詠(たんえい)すべし(庭題材としてとにかく短歌もうではないか)」というこの「序」わる

 新元号「令」「令()月」から、「和」「風和(やはら)からったわけだが、「令」「和」とが構文面対等関係にあるのではない。「令月」しては、「気淑()」「風和語順えた「淑気」「和風」などの表現想定できそれらの表現から1字ってもよかったはずであるしかし、「淑」好字だが画数すぎるその点、「和」ならば「令」につなげて問題はないからそれを採用したということだろう

 このように、確かに「令和」『万葉集』出典とするものだが、『万葉集』「令月」「気淑風和については、研究者たちが中国古典との関係指摘してきたそれによれば、中国古典のなかでも、6世紀前半成立した『文選(もんぜん)』(30巻)という名文集「是(ここ)仲春(ちゆうしゆん)令月にして、時和(ときやはら)気清(きす)めりとあるのが、『万葉集』表現この「令月」について、唐時代李善(りぜん)という学者さらに書物引用しながら、「令」「善」「吉」だと解説している

 結局、「令和」はもとをたどれば中国古典くのだが、日本人字句べて中国名文手本にするというのはごくあたりのことだった。当時日本『文選』ってきており、人々ったり手習いをしたりするにそれを手本としたことはいくつかの遺物かららかである

 『万葉集』えるほかの散文、多くが中国古典まえたうえでかれているまた、8世紀めに成立した『古事記』『日本書紀』散文についても、多くの字句中国出典としたことがわかっている。上引用した部分もまた、中国表現んだうえで(つづ)られている。出典にある表現その状況とにじてどのようにアレンジしているかということが、教養ある人々にとって重要なことだったのである

 日本新元号order & harmonyという意味のものだとイギリスの新聞じたいた。「和」harmonyでよいとして、「令」orderだと説明することには問題があるとというきもあるだろうしかしそのorderにもいくつかの意味があるから、適否判断はなかなかしい

[2019.4.24]
プロフィール

佐々木 隆(学習院大学 文学部日本語日本文学科 教授)
1950年生まれ。学習院大学大学院博士課程単位取得。東洋大学文学部国文学科専任講師同助教授、1987年より学習院大学文学部助教授、1989年より同教授となり、現在。日本古代文献学日本古代語学専攻。研究書としての単著『萬葉集上代語』『萬葉集構文論』『上代日本語構文史論考』その他数冊があり、一般向けの単著『万葉歌解読する』(NHKブックス)、『日本神話伝説』(岩波新書)、『言霊とは』(中公新書)などがあるまた、『万葉ことば事典』『日本神話事典』などの編集委員もつとめた。古事記学会理事上代文学会理事

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